ユカリの雑記帳

ジャンプの感想をメインに書いてます

アクタージュ38話・銀河鉄道の夜、ついに開演。アキラ君は成長することができるのか(週刊少年ジャンプ感想/2018年47号)

アクタージュ

 

今週のアクタージュはキャラクターの描き方が素晴らしい。

 

まず千世子。今回よかったなと思ったのは、手塚監督やアリサ社長が「劇の開演」に関して戸惑っている中で、千世子だけがセリフも心情も描かれず淡々と劇の開演を見ているところ。そしてそのあと、他の人々が阿良也の演技に呑まれる中、一人冷静に「こいつか」とつぶやくところ。

 

ほかのキャラクターとの比較で、千世子が特別なキャラクターだということを再認識させているし、その際の表情もすごくうまく描かれている。特に「こいつか」のところの不敵な笑いが一目で非凡だとわかるのがよい。最近は阿良耶や夜凪ばかり描写されていたけれどや、はりこいつも非凡な奴だったとしっかりと再認識させてくれる。

 

 

そしてやはり阿良耶。「俺たちはただ演じればいい。巌さんの演出通りに」と言いながら舞台にあがる時はあんなに切れ目で集中しているような感じなのに、舞台に出たら最初の語りですごく純粋な瞳をしているんだよな。さらにそこから、ザネリに「ようジョバンニ!」と声をかけられて「ビクッ」となるシーンでは本当に怯えているように見えて、阿良耶が完全にジョバンニになりきっていることがよくわかる。

 

この阿良耶の変化が、舞台とそれ以外が「違う場所」なのだということも明確に演出している。

 

そして、その意識を読者に印象付けることによって、最後の亀と巌さんの演出に綺麗につなげている。

 

 

亀と巌さん、そしてアキラの描写もすごく良い。巌さんの「なぜ自分と他人に優劣をつける? なぜ主演と助演に優劣をつける? 誰にスポットを当てるかは作り手の意図に過ぎない」というセリフはすごくグッとくる。「本当の幸せ」がテーマになってきたときにこの話を持ってくるのもよいなと思った。

 

そして、それを受けての亀によるわき役での輝きが良い。舞台に上がっている時とあがっていないときの彼の表情が全然違っていて、本当に「舞台の上では阿頼耶と張り合う」が説得力を持っている。

 

 

アキラくんは、「ありのままの自分」というものを受け入れられず、他人との比較に苦しみ続けてきた。阿良耶、千世子、夜凪と異様なやつらが周りに多いこともあって、彼らのようにならなければと思い続けていた。

 

だからこそ演技に不純物が混ざっていて、「嘘をついてかっこつけている」演技になっていたのだろう。演技する際にいろいろなものを背負いすぎているのだろう。そこが「役者は自由な職業なのに、おまえは勘違いしている」ということだったんだろう。

 

もしかしたら、あれだけ絡むことからも亀も同じようなことで悩んでいたことがあったのかもしれない。

 

今回の話は、夜凪だけではなくアキラの成長物語でもあるんだよな。才能のなさがずっと描写されていた彼が変わるための、その下積みを描き続けてきた。個人的に彼はすごく好きなキャラクターだし、ここで成長してくれるとすごくうれしい。

 

 

そして、やっぱり今週の巌さんを見ていると、彼が演劇という狭い世界だけとはいえ、確かにそこにいる人々を勇気づけ、幸せにしているというのは間違いないと改めて思った。

 

先週、彼が見出した役者は数多くいるといわれていたけれど、今回のアキラくんみたいに壁にぶつかっている人を成長させるということを何度も繰り返してきたんだろう。

 

彼は自分自身のことを「演劇しかできないろくでなし」で、「本当の幸い」とは程遠い人間だと言っていた。だけど、彼は間違いなく劇団員を幸せにしているし、アキラみたいな迷っている人々を救っている。

 

彼が不幸にしてしまった人は確かに多い。

 

だけど、これだけの人々を幸せにしてきた人間は、その幸せにしてきた人々から「幸せ」というものを受け取ることができるだろうと私は思う。

 

巌さんはそのことに、無意識では気づいているのかもしれない。だからこそ、先々週に「これが幸せか」と無意識につぶやくことができたんだろう。

 

だけどもぜひとも死ぬ前に、きちんと意識して気づいてもらいたいなと改めて思った。自分が向き合ってきた人々の中に、自分が幸せにできた人がいたことに。そして、彼らの力でまた自分も幸せを感じられたということに。

 

 

最近のアクタージュは、何度も言っているけれど演出力がすさまじいし、キャラクターもみんな魅力的だ。このままの勢いでラストまで駆け抜けていってほしい。