ユカリの雑記帳

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獄丁ヒグマ、打ち切りの理由を3つ考える(週刊少年ジャンプ感想/2019年24号②)

獄丁ヒグマが今週号で終わりましたね。

 

私はこの作品はすごく「惜しい」作品だったと思います。少なくとも私は最後まである程度好きでした。(昨今の打ち切り作品で言うならば、君を侵略せよ!の次くらいに好きです)

 

やっぱり最終話直前のヒグマの過去話はすごく良かったと思います。理想を抱いていた小さな少年が、その理想を壊され、現実に打ちのめされた後にもう一度立ち上がるストーリーは胸を打ちましたし、演出も良かったと思います。

 

ただ、その最終話直前以外の部分がとにかくつまらなかった。正直最初の三話と最後の数話以外は読んでいても目が滑ることが多かったですし、中だるみがとにかくひどかったと思います。

 

それなので、打ち切られたことそのものは仕方なかったと思っています。が、それでも最後数話は面白かったと思いますし、それも含めて「惜しい」作品だったかなと思います。

 

個人的に、ヒグマの「よくなかったところ」は以下の3点にあると思います。

 

①バトルがとにかくつまらなかった

②主人公の魅力が分かりづらい

②主人公の「目的」と「信念」を描くのが遅かった

 

 

①バトルがとにかくつまらなかった

 

これが個人的にかなり大きかったと思います。ヒグマの過去編は面白いと言いましたが、最後の赤鋼との戦闘は正直に言うとつまらなかったです。

 

何故つまらなかったのかを他作品と比べながら考えてみたのですが、おそらく「主人公能力のコンセプト化」を行っていなかったことが一つ大きな要因だと考えられます。

 

「主人公能力のコンセプト化」とはすなわち、「主人公のどこがすごいのかを明確にすること」とも言い換えられます。

 

例えば、私が常々少年漫画の教科書だと思っているドクターストーンでは「主人公は科学知識が凄い」と明確に定められています。暗殺教室だと「スピードがすごい」ですね。

 

バトル漫画で言うならば、ブラッククローバーは「身体能力と反魔力、あきらめない心」ですし、鬼滅の刃は「呼吸による身体能力と鬼の不死性を無効化する刀」です。呪術廻戦だと「素の身体スペック」ですね。

 

これらの漫画では、繰り返し主人公の「どこがすごいか」を描写し続けています。実際に戦っているところで見せたり、周囲の人物も「あれがすごい」とセリフやリアクションで見せたりします。

 

これがあると、単純にバトルにメリハリが生まれます。駆け引きも生まれます。そして、バトルで「何の活躍を見ればいいか」が明確に分かりやすくなり、バトルを見る楽しさが生まれます。

 

が、それがヒグマにはなかった。

 

正直主人公の能力が何だったのか、どこがすごかったのかは未だにわかってません。なんとなく「剣に変形する手と瞬間移動と腕がいっぱい」くらいしかわかりません。これではバトルで「何の活躍を見ればいいのか」がまるで分らなくなってます。

 

例えば、「ヒグマはあの13の腕を持っている。その能力は多岐にわたる。その多様性こそが奴の武器だ」みたいに言われていれば、敵が「多様性へ対処する方法を考える」という形で駆け引きが生まれるようなことがあったのではないかと思ってます。(まあ言うだけなら簡単なんですけどね)

 

 

②主人公の魅力が分かりづらい

 

これも、①とつながっているんですが、「主人公の能力のコンセプト化」はそのまま「主人公のどこに憧れるか」を明確にします。

 

ぶっちゃけて言うならば、人は誰しも「憧れる人物になりたい」んです。千空みたいに科学知識で人助けをしたいし、アスタみたく馬鹿にされながらもあきらめない心で這い上がりたいんです。これを叶えてくれるのが「感情移入」です。

 

だからこそ、感情移入の対象に「何か憧れる部分がある」ことは非常に大切なんです。

 

よく欲望に負けて闇の力に手を染めたキャラが叩かれるのも、「感情移入の先としてふさわしくない」からだと考えるとしっくりきます。(私はそういうキャラ好きですけど)

 

だからこそ、「コンセプト化」されていなくて「どこに憧れればいいのか」がわからなかったヒグマは厳しい戦いを強いられたのでしょう。

 

 

③主人公の目的と信念を描くのが遅かった

 

個人的に思うことは、ヒグマは過去編を最初にやればよかったんじゃないかということですね。

 

少年漫画では「目的」と「信念」は非常に大切で、これがうまく書けていないとすっころびます。しかもやっかいなのが、「信念」と深くリンクした「目的」じゃないと意味がないということです。

 

例えば、結構前に打ち切られた田中は、主人公の目的が「唐突に出てきたやつに押し付けられたもの」でしかなかったので面白くないものでした。そうではなく、例えば千空の「科学への信念」とそれに基づいた「科学で全人類を救う」という目的や、炭治郎の「家族愛」とそれに基づいた「妹を人間に戻す」という目的のような、そのキャラクターのパーソナリティと結びついた心の底からの目的が少年漫画には必要です。

 

そして何より、これは読者が物語に入るうえで重要な「芯」となるものなので、1話に片鱗だけでも描写しとかないとキツい。そうしないと読者が物語に入れなくなります。

 

が、ヒグマにおいてそれが描写され始めたのは過去編が始まった時。もうあのころには打ち切りが決まっていたでしょうし、正直遅いと言わざるを得ません。

 

ネオレーションもそうでしたが、特に一話で別の人間を視点に持ってくるやり方も相まって「主人公がどういう信念を持っているのか」「主人公がどんな目的を持っているのか」が見えなかったので、本当にただ人を助ける物語にしか見えなかったのは本当によくなかった。

 

そして、主人公がどういう理念をもって動いているのかが分からなかったので、我々読者は「ヒグマがどういう人物か」を知る機会が極めて少なかった。そして、知りもしない人物を好きになることはないというわけです。

 

ただ、最終話を通して過去が明らかになると、「どういう信念を持っているのか」「どういう目的があるのか」が明確になって、ヒグマがかなり魅力的なキャラクターになってました。だからこそ、やはり「この過去編を最初にやっておけば……」という思いを抱かざるを得ないです。

 

 

以上3点、私が思うヒグマの打ち切りの理由です。

 

本当に最後の過去編は面白かったと思うので、ぜひ本誌でもう一度帆上先生の作品を読みたいと思っています。帆上先生、お疲れさまでした。

 

……あとちょっと余談ですが、「人の内面、寂しさを描く」という作風が、人気の高い「鬼滅の刃」と被っていたのも結構な不運だとは思います。正直中だるみしている間は「劣化鬼滅って感じだ……」って思ってましたし。同時期に作風のかぶる人気作があるというのもこの作品にとっての向かい風になっていたのかもしれません。